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死語の世界観

 2006-12-22
たけしの教育白書で
「子どもは死んでもやり直せると信じている。おかしいじゃないか」
と言っていた。

確かにおかしいかも知れないけどこれは立派な1つの価値観です。
代弁になるのか分からないが、とても今回は論理の飛躍を感じました。

何せ

A.死んでもやり直せる → B.ゲームを信じている。 →C.大丈夫か?

BからCは確かに納得できます。
しかしどうもAからBはうさんくさいです。
何この論理の飛躍は?
輪廻転生を信じるはゲームと同じになるのですか?

自分は信じる信じないで分ければ信じます。
ただしそれはこんなあほらしい論理ではありません。

もっとも影響を与えているのは、こんなくだらないことをいっても良いテレビのおかげです。

テレビ番組は霊、心霊、前世、を自分が見てきた時代からいつもやっています。
そうするとかれこれ20年になります。
その迫り来る演出、とても感動するような話。
自分はあれを何十年も見せ続けられれば信じてもおかしくないと思っている。

正直、ゲームのようなリセットが出来るなんて思う人は、本当におかしい少数でしかない。
それは考えてみればそうでしょう。
みんながみんな安易な発想できたらこの世の中、さらにおかしくなっている。
だったら少数と見る方が全然ぶがあっている。


本当にあんな論理が成り立ってしまう大人は子どもを信じているのか、全く分からない

人間はそこまでバカじゃない。
弱い弱い、あぁだからダメなんだ。守らないといけない。
そんな思想が見え隠れする。

子どもは一人の人間です。
確かに経験の数が少ないだけに大人から見れば心配だけど、もっと信じてあげてもいい気がします。

もっと懐を大きくして見守って欲しいです。
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理由の陳列

 2006-12-22
人には出来ることと出来ないことがあります。

しかし、その判断をする根拠はなんでしょうか?
生物学的な身体?
知能指数?

すでに決められている決定的な要因でしょうか?
それは確かに超えられない壁であるかも知れない

しかし時として、出来ない理由は限界を設定しているからでないのか?
そんな風に思ってしまうことはよくある。

ノミは自身の身長を超えて、何百倍物高さを飛びます。
これはすごいことですが、おもしろい実験があります。
ノミの上に紙などで壁を作ります。これでいつもなら超えられる高さの半分に壁が出来ます。
そしてノミは飛んでぶつかり、ぶつからないようにします。
そして壁を取り除いてどうなるでしょうか?

元通りの高さを飛ぶでしょうか?結果は飛びません。
壁があった高さを飛ぶんです。

これで何を言いたいかというと、人間も限界を作って本来はあるかもしれない能力をしまい込んでいるかもしれないのです。

ある社長さんが言われた言葉がとても身に染みています。
「人間、出来ない理由を考えたらいくらでもでる。100個でもでる」
出来ない。それは~~~。
こう考えれば本当に出来ないように感じる。
しかし、発送を逆転してみるとおもしろい。つまり出来ることから発する。
出来る。しかし今は出来ない。なぜなら~~~。

同じ問題でありながらも
理由で消極的な発想からは答えは導けますが、1つの壁を作っています。
理由で積極的な発想からは答えを導け出せます。


とやかく出来ないと言ってしまいますが、それは何故なのか?
それが壁でないか確認しながら「出来ない」を言いたいですね。
タグ : 限界

不安と戦い、初心を忘れない

 2006-12-07
4月まで就職活動をして内定を頂き、決断に迷っていました。
その迷いは内定ブルーと言うより変な気がかりがあったからでした。

その後、友達とイベントを企画、研究の中間発表がありました。

この2つが中々のくせ者でして、かなりの労力と時間をかけました。
これだけでたぶん4ヶ月分を使ってます。
作業は進まず、苦難ばかりでした。
だけど良い経験ばかりしました。

その影響もあって、事が終わってから再び考え直しました。
そして11月に再就活を始めました。
当初は無謀だと思っていたけどとにかくやりきることとにしました。


だけどモヤモヤした感覚がありました。
それがとても気になりました。

面接のために電車で移動していたときに、ふと6月の体験を思い出しました。
それは就職イベントで大学OBからお話を聞いていたときです。

学科の後輩がOBさんに「夢あって入学したけど、今の大学ではとうてい叶わない授業ばかりです。どうすべきでしょうか?」
それに対してOBさんは「夢だったらあきらめずに1回ぐらいやってみればいいじゃないの」と答えていました。

それを横で聴いていたときに、心に小さな釘が刺さりました。
その時は気にしませんでした。

しかし思い出すたびに今との違和感を感じずにいられませんでした。
何せ一度夢を諦めた男だからです。

忘れもしません2004年11月10日、ゲームを作ることを辞め、社長になるんだ!
と決心した日です。

それ以来、自分なりに活動をしてきました。
そして社長になるために就職活動をしていました。

だけど、囚われた考えだったのだと2006年3月29日に悟りました。
分かったときは涙を流したことを覚えています。
当時はショックでした。
また母親から絶対の反対をされました。

社長なんて所詮サクセスストーリー!
かなうはずがない

と言われて悔しい思いをしました。

しかしそれでも社長になることの執念はありました。
そして、いろいろ迷って2006年11月13日、今までつっかえていた思いを取り払い
自分がどうしたいかを冷静な目で見つめました。

その結果一番しっくり来た答えが「大学院に進学する」でした。
今までの決断と違いとてもすがすがしかったです。


こうしてみると変な事をやってきました。
だけど、やってはいけないことがあると分かりました。それは

不安に押しつぶされて決断することです。

不安は確かに起爆剤になったりします。だけど不安は軽い程度が良いと思います。
不安、不安・・・そればかりだと焦りになって結果は良くなりません。
冷静に判断できなくなってはだめです。

不安、でも冷静。
その調和を持った心が必要だと思います。
そして決めたことにはうだうだ言わない決心をすることです。

一度決めたことはやり通すことです。

やりたいことやれ!夢は困難ばかりでつらいもの

挫けたら初心を思い出す


そのために紙に書くなりしてチェックすることが重要です。
人って忘れちゃうものです。
それは良い面も悪い面もある。
だから常日頃から何か初心を思い出すキーを作ってみるといいかもしれません
タグ : 社会人 意識

結果重視社会の到来!?

 2006-12-03
皆さんはホワイトカラー・エグゼンプションをご存知だろうか?

そのためにこれを読んでいただきたい
残業代11.6兆円が消失する?!(NBonline)

自分は読んで普通に驚いた。
そして疑問に思った。

ここまで結果重視にこだわる時代に突入したのだろうか?

日本人は世界的に比べると働きすぎている。だから勤勉でよく働くといわれる。
そこに経営者は疑問に思うだろう
勤務に見合った結果を出せ。と
確かに経営者なら求めて当たり前だろう。
だけど、どうがんばってもその結果に追いつける人と追いつけない人がいる。

全ての人が能力があり、たどり着けるとは思えない。
そこには「出来ないと思うから出来ないんだよ」
という理論は通じない。
何せ現実を見たら、うまくいっていない。
なのに全ての人に求めるのはいかがなものだろうか?

向上心があって努力がある人ならば可能性が高いだろう。だけど全部が全部でない。

ある一部の人がうまくいく考えはありなのだろうけど、
それは格差を広げる要因になりそうで、なんかすんなり通ることは怖い。


実にすばらしい技術だ!と思っても案外導入したらだめだったという事例は多い。

こういった大きな流れだと困ったことに、一度定着するとなかなか変えることが出来なくなる。
それだけに、メディアはもっとアジェンダセッテング(議題設定)すべきでしょう。
そして国民も話の中に入りましょう
タグ : 労働 残業

分かち合いの心を

 2006-12-02

いじめ問題が新聞、テレビ、ちまたを騒がせている。

しかし、この報道ぶりは「絶対ダメ」を徹底している。

 

通学途中で目にする横断幕がある。「暴走族を根絶させよう!」と書かれている。 これを目にするたびにとても悲しく思ってしまう

まるで暴走族を完全悪としているが、それを生み出した原因を考えれば本人に全てがあるのではなく、親、 社会つまりは大人達が生み出したという自覚が全くない。

それはいじめ問題だって言える。

最初に報道されたいじめとその後のいじめは明らかにメディアによって力を得た。

まして感情に訴える遺書、親のコメント、まさに国民はだれもが許さない気持ちになってしまう。

しかし、ふとそんな過激報道から目をそらせば、誰だって差別をしている。

大人は平然とやってのけて、子どもが見る。

それは絶対的な信頼を得たことになり、子どもはやることの罪なんて自覚するはずがない。それほど子どもは純粋な一面を持っている。

人を死にいたしめるほどのいじめは確かに良くない。

だけど、完全悪のいじめをつくりだせば、いじめ=ダメな人となりさらに精神的圧迫を強めてしまう

だからこそ完全悪をやめて許容する悪にしてほしい。

 

いじめは悪いかも知れないし、良いかもしれない

 

人間、15年で人生が決まるわけがありません。昔みたく階級なんてありません。何が起こって幸せと感じ、不幸と感じるか。 そんなの誰にも分かりません。

いきなり交通事故にあって死ぬかもしれない、生き残っても後遺症を残してしまい、足が動けなくなる可能性だってある。

じゃあもう生きる意味はないのか?

そんなことはないでしょう。一点を集中してみれば不幸きわまりないといえるでしょう

だけどそんなの人生全体で考えちゃえば、ある通過点でしかありません

皮肉ですが、苦境を乗り越えた人は素晴らしいものです。だから辛いと感じてもその先を見続けて欲しい。

あんがい希望、夢があれば生きられるものです。なくてもあきらめず自分を信じて前を見て欲しい。これはやってみないと分かりません。

タグ : いじめ
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